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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)5821号 判決

原告 国

訴訟代理人 岡本元夫 外三名

被告 株式会社 協和銀行

主文

原告の第一次及び第二次の請求を棄却する。

新訴(川村が被告に対してもつ不法行為に因る損害賠償請求権を、原告が、川村に対してもつ不法行為に因る損害賠償請求権の債権者として代位行使するもの)はこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告の主張

第一次の請求(預金返還請求)

(請求の趣旨)

被告は原告に対し、金三千万円と、これに対する昭和二十四年七月一日から同月三十一日まで百円につき一日五厘、同年八月一日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の原因)

鉱工品貿易公団は、元同公団職員川村哲、早船恵吉、佐竹利公に対し、右三名が昭和二十四年四月下旬から昭和二十五年二月上旬までの間に公団の金合計九千六百七十三万七千七十二円六十六銭を横領したことを理由として同額の賠償請求の訴を東京地方裁判所に提起したところ、昭和二十七年二月四日、川村は、右公団に対し四千九百五十九万四千九百十四円一銭の公団の請求を認諾した。同公団はその後解散し、公団の川村に対する右債権は、昭和二十七年四月一日附をもつて、昭和二十五年十二月二十九日政令第三百七十三号鉱工品貿易公団及繊維貿易公団解散令(昭和二十七年政令第六号をもつて一部改正)第十五条第二項の規定により、通省産業大臣の承認を受けて、原告国に帰属するに至つた。

川村は訴外福田利明に対し、昭和二十四年六月三十日、金三千万円を、利息月五分、弁済期同年七月三十日と定めて貸付けたが、福田は期限を過ぎてもこれを返済しない。

福田は被告銀行神楽坂支店に対し、昭和二十四年六月三十日、株式会社富士銀行室町支店長松木謙三振出にかかる金額三千万円の自己宛小切手で、金三千万円を、利息百円につき一日五厘の定めの普通預金(通帳番号A二三八二)として預入れた(右小切手金は支払われた)。しかるに、被告は、同年八月一日福田が前示通帳を呈示して預金三千万円の払戻しを請求したのに、これを支払わない。かように、福田は被告に対し、金三千万円と、これに対する預入の翌日である昭和二十四年四月一日から払戻請求の前日である同年七月三十一日まで百円につき一日五厘の割合による約定利息、払戻請求の日である同年八月一日から支払済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める権利をもつている。

原告は川村に対し前示損害賠償請求権を、川村は福田に対し前示貸金債権をそれぞれもつているから、原告は川村に対する債権を保全するため、川村及び福田に順次代位して、被告に対し、預金の返還請求として、前示請求の趣旨記載の金員の支払を求める。

第二、第二次の請求(不法行為に因る損害賠償請求)

(請求の趣旨)

被告は原告に対し、金三千万円と、これに対する昭和二十四年七月一日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の原因)

原告が川村に対し不法行為に因る損害賠償請求権を、川村が福田に対し貸金債権をもつていることは、第一でのべたとおりである。

被告銀行神楽坂支店の昭和二十四年六月三十日頃の支店長平野新蔵、前支店長田中聰、行員柴田博らは、田中の不正融資による被告銀行の損害を福田に転稼しようとして、あたかも正規の普通預金として受入れるかの如き態度を示し、その旨誤信した福田から、昭和二十四年六月三十日前示金額三千万円の小切手一通を騙取し、福田に対し同額の損害を与えた。ところで、これは被告銀行の被用者である平野らが被告銀行の業務を執行するについて故意に福田に与えた損害であるから、福田は使用者である被告銀行に対し、その賠償を請求する権利を取得した。

よつて、第一次の請求が理由なしとされる場合に限り、原告は川村に対する前示債権を保全するため、川村及び福田に順次代位して、被告に対し、損害賠償の請求として、前示請求の趣旨記載の金員の支払いを求める。

第三、第三次の請求(不法行為に因る損害賠償請求)

(請求の趣旨)

第二と同じ。

(請求の原因)

原告が川村に対し不法行為に因る損害賠償請求権をもつていることは第一でのべたとおりである。

被告銀行の被用者である平野、田中、柴田らは、福田と共謀の上、福田をして川村に対し虚偽の普通預金通帳を示し真に普通預金をするのだと言わせて、福田から昭和二十四年六月三十日金額三千万円の前示小切手を騙取し、福田に対し同額の損害を与えたものであつて、これは被告銀行の業務の執行についてしたことであるから、川村は使用者である被告銀行に対しその損害の賠償を求める権利をもつている。

よつて、第一次、第二次の請求が理由なしとされる場合に限り、原告は川村に対する前示債権を保全するため、川村に代位して、被告に対し、損害賠償の請求として、前示請求の趣旨記載の金員の支払いを求める。

第四、本件紛争が発生した事情

昭和二十四年当時、一般市中銀行は、運転資金が極度に不足し、日本銀行から借入れるにしても一定の限度があつたので、預金を吸収するについては非常な努力をはらつていた。そして、預金獲得の変態的手段として、融資を申込むものに対して、預金をあつせんさせ、これと交換的にその預金高に応じて融資するというようなことを、半ば公然と行つていた。

福田は株式会社東京銀行とかねてから高額の当座取引があつたが、昭和二十四年三月頃同銀行の預金課長小野田普から、新日本海事興業株式会社(以下新日本海事という)に前示方法で被告銀行神楽坂支店から融資を受けさせるため同支店に預金されたいとすすめられた。小野田のいうところによると、預金であるから回収不能という危険はなく、しかも、新日本海事から相当額の謝礼金がもらえるということであつた。そこで、福田は昭和二十四年三月四日被告銀行神楽坂支店に五百五十万円を普通預金し、同支店長田中からA二三八二号の通帳を受取つた。その後福田は右通帳によつて前同様の趣旨で同支店に対し、同年四月十九日四百七十万円、同年五月二十五日四百五十万円、同年六月三日百万円、同年六月三十日本件の三千万円をそれぞれ預入れ、また同年四月一日五百五十万円、同年四月三十日四百七十万円、同年六月三十日五百五十万円の各払戻しを受けた。この預入れ及び払戻しは、いずれも当時の同支店長田中若しくは平野、行員柴田らが取扱つた。

この間、田中、柴田らは、新日本海事が樋口美津雄の金額二千万円の無記名定期預金をあつせんしたことに対し、同会社に千五百万円を融資したが、右定期預金の満期が近づいたにもかかわらず融資金の回収の見込がつかず、また、田中が三益商会に不正な方法で融資した三百五十万円も完全にこげつきとなり、至急善後策を講ずる必要に迫られた。本件三千万円の普通預金は、このような状況の下に、被告銀行神楽坂支店の当時の支店長平野(被告銀行本店では前示田中らの不正融資を探知して実情を調査した上同年五月田中を本店に勤務替えし後始末をさせていた)、田中、柴田らが、局面を打開するため、新日本海事の三木晋吉に対し、至急三千万円程度の新しい預金をあつせんするよう、しつこく要求した結果、三木から依頼を受けた福田が、昭和二十四年六月三十日川村から借受けた前示小切手で、平野、柴田らの扱いにより被告銀行神楽坂支店に預入れたものであり、平野は右金員を樋口に対する前示二千万円の無記名定期預金の払戻し及び田中の不正融資の後始末等にあてたものである。

原告の立証〈省略〉

被告の答弁

第一、第一次の請求(預金返還請求)に対して

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、事実に対する答弁は次のとおり。

原告主張の頃鉱工品貿易公団が解散したこと、福田利明が昭和二十四年八月一日被告銀行神楽坂支店に原告主張の預金通帳を示して金三千万円の払戻しを求めたが、被告がこれを支払わなかつたことはいずれもこれを認めるが、昭和二十四年六月三十日福田と被告銀行神楽坂支店との間に原告主張の小切手の受渡しが行われて普通預金契約が成立したとの事実は否認する。その他の事実は知らない。福田は三千万円を三木を通じて新日本海事に貸付けたものであつて、被告銀行に預金する意思は全くなく、単に被告銀行の行員をしてこの貸借関係を本件普通預金通帳上に記載せしめたものにすぎない。

第二、第二次の請求(不法行為に因る損害賠償請求)に対して

第一と同旨の判決を求め、事実に対する答弁は「原告主張の不法行為に関する事実は否認する。」というほか、第一で答えたとおり、

第三、第三次の請求(不法行為に因る損害賠償請求)に対して

第三次の請求は訴訟係属後に追加されたものであるが、この新訴は従前の訴と不法行為に因る被害者従つて損害賠償請求権を変えたものであつて、請求の基礎を変えた訴の変更にあたるから、この訴の変更を許さない旨の裁判を求める。

仮りに訴の変更が許されるとしても、第一と同旨の判決を求める。

事実に対する答弁は次のとおり。

原告主張の不法行為に関する事実は否認する。被告銀行行員が虚偽の普通預金通帳を作成し、これに三千万円預入れた旨の記載をしたことは認めるが、この事実と、川村が福田に対して三千万円を貸付け、それが回収不能になつたこととは因果関係がない。

仮りに川村が被告銀行に対し原告主張の損害賠償請求権を取得したとしても、(イ)川村がこの不法行為を知つた昭和二十四年八月から既に三年以上経過したから、この損害賠償請求権については消滅時効が完成した。よつて被告は、本訴で、この消滅時効を援用する。

また、(ロ)仮りに右消滅時効完成の主張が認められないとしても、川村は福田の言を盲信して三千万円を貸付けたものであつて、損害の発生について重大な過失があつたから、被告は、損害賠償の額を定めるについて過失相殺を主張する。

その他の事実については第一で述べたとおり。

第四、本件紛争が発生した事情に関する主張に対して

原告が主張するような預金と貸付との特殊なつながりはかつて存在したことがない。市中銀行が一般企業家に対して融資する場合には、その企業の業種、資産、経営状態を十分調査した上銀行の責任において貸付けるものであつて、預金者を世話させることによつてその預金額の何パーセントかを貸付けるというようなことは当時存在しなかつたし、現在も存在しない。昭和二十四年三月四日柴田らが原告主張の普通預金通帳を作成して福田に交付したこと、その後柴田らによつてこの通帳に原告主張の各金額が記入されたことは認めるが、これは福田と被告銀行神楽坂支店との間に原告主張の預金契約が成立して各預入れ及び払戻しが行われたものではなく、柴田らが、福田と三木との依頼によつて、通帳を作成し、福田と三木の関係する会社との間の貸借関係を記帳したにすぎない。

また、被告銀行神楽坂支店から三益商会に融資したこと、これについて田中らを本店に呼んで調査したことは認めるが、右融資が不正な融資であつたこと、新日本海事に対し原告主張の変態的な融資をしたこと、平野が本件三千万円を原告主張のような田中の不正融資の処理等に充てたことは、いずれも否認する。三益商会に対する貸付けは本店の稟議を経ない融資であるというに止まる。その余の事実は否認する。もつとも、被告銀行神楽坂支店が国産鉄工株式会社(以下国産鉄工という)に対し、同会社の無記名定期預金を担保として二千万円を融資したことはあるが、担保があるから回収不能ではなかつた。

結局原告の本訴請求はすべて失当である。

被告の立証〈省略〉

理由

第一、原告の第一次の請求(預金返還請求)について

(一)  原告が当事者適格をもつかどうかについて

甲第一号証(真正にできたことについて争いがない)によると、川村哲が鉱工品貿易公団から、公金を横領したという不法行為による損害賠償請求の訴を提起され、昭和二十七年二月四日公団の請求四千九百五十九万四千九百十四円一銭を認諾したことが認められる。これによると、公団は川村に対し、少くとも同額の債権をもつていたことが推認される。また、甲第二、三号証の各一、二、同第四号証の一ないし三(いずれも文書の形式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正にできた公文書と推定される)によると、鉱工品貿易公団はその後解散し、公団の川村に対する右債権は、昭和二十七年四月一日附で、昭和二十五年十二月二十九日政令第三百七十三号鉱工品貿易公団及び繊維貿易公団解散令(昭和二十七年政令第六号をもつて一部改正)第十五条第二項の規定により、通商産業大臣の承認を受けて原告国に帰属するに至つたことが認められる。さらに、甲第六号証、同第十七号証、同第十九号証、同第二十六号証の一、二(いずれも真正にできたことについて争いがない)と証人福田利明の証言とを合せ考えると、川村は福田に対し、昭和二十四年六月三十日、金三千万円(但し株式会社富士銀行室町支店長松木謙三振出の自己宛小切手で)を、利息月五分、弁済期同年七月三十日と定めて貸付けたが、福田は弁済期をすぎてもこれを返済しない事実を認めることができる。以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

したがつて、もし福田が被告に対し何らかの権利をもつているとすれば、原告は、川村に対する債権保全のため、順次川村及び福田に代位して、被告に対し、福田の権利について訴を提起する適格があるものといわなければならない。

(二)  福田と被告銀行神楽坂支店との間の預金契約の成否

(1)、昭和二十四年三月四月、福田が当時の被告銀行神楽坂支店の行員から普通預金通帳一冊(番号A二三八二号)を受領したこと、この通帳には昭和二十四年三月四日の五百五十万円のほか同年四月十九日四百七十万円、同年五月二十五日四百五十万円、同年六月三日百万円、同年六月三十日三千万円のそれぞれ預入れた旨の、また、同年四月一日五百五十万円、同年四月三十日四百七十万円、同年六月三十日五百五十万円、のそれぞれ払戻した旨の記入が同支店の行員によつてなされていること、係争の中心になつている預金通帳と認められる甲第五号証の一ないし四の用紙及び押印がいずれも被告銀行神楽坂支店で準備されていた用紙であり、銀行印によるものであることは、当事者間に争いがない。そして、甲第七、八号証、同第二十号証、乙第五号証、同第八号証(いずれも真正にできたことに争いがない)と証人福田利明、三木晋吉、柴田博の各証言とを合せ考えると、右通帳の前示各記載は、いずれも被告銀行神楽坂支店において、当時の支店長田中、出納係柴田、貸金係勝島らの関与のもとに、福田との間に該当金額の小切手を授受し、預入れ及び払戻しの一応の形式をととのえ、かつ、それぞれ担当行員の認印を押捺してされたものであることが認められる。

これらの事実によると、昭和二十四年六月三十日福田と被告銀行神楽坂支店の行員との間に行われた金額三千万円の小切手(株式会社富士銀行室町支店長松木謙三振出の自己宛)の授受は、預金のための授受であると見られやすいことは事実である。

(2)、しかしながら、福田と被告銀行神楽坂支店の行員との間における前示小切手の授受の一面には、次のような事実が存在することが認められる。

(イ)、通帳に記載されている各金員の授受はいかなる目的で、どのような方法で行われたか。

甲第六号証(前出)同第十六号証(真正にできたことについて争いがない)と証人小野田晋、赤坂端、福田利明、三木晋吉、柴田博の各証言を合せ考えると、次の事実が認められる。

福田はかねて株式会社東京銀行本店と当座取引があつたが、自己の資金をさらに有利に運用することを希望していた折柄、同銀行の資金課長である小野田から国産鉄工の幹部の新規計画に係る新日本海事に金を使わせるため、被告銀行神楽坂支店を利用してはどうか、とすすめられた。

それについては、普通預金の形式をとるが、月五分の高い利息が得られる、また、一カ月据置としその間返還を求めないよう、なお、金員を出入れする際には必ず事前に会社側に連絡されたい、ということであつた。昭和二十四年三月四日、福田は、右にのべた方法によつて利殖をはかる目的で、国産鉄工の経理等担当重役である三木と共に被告銀行神楽坂支店を訪れ、行員田中、勝島、柴田らと折衝の上東京銀行振出金額五百五十万円の預金小切手を手渡し、一カ月間は返還を請求しない旨を名刺に記載して差入れて、本件普通預金通帳を受領し、同時に前約のとおり三木から右金額の五分にあたる金員(いわゆる裏日歩)を受領した。福田は、その後における前示(1) にのべた各金員の授受にあたつても、やはり右同様前もつて会社側と連絡をとつて銀行に出かけ、入れた金は一カ月の間請求しない約束をし、また月五分の利息をもらつていた。

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(ロ)、行員の手に渡つた資金の取扱

甲第七、八号証、同第十六号証、同第二十号証(前出)、甲第十一、十二号証、同第二十四号証、同第二十六号証の一及び三(いずれも真正にできたことに争いがない)、乙第三号証、同第六号証、同第九、十号証(いずれも証人柴田の証言によつて真正にできたと認められる)、乙第四及び第七号証(いずれも証人三木の証言によつて真正にできたと認められる)と証人福田利明、三木晋吉、柴田博、樋口美津雄、赤坂端、関山延の各証言とを合せ考えると、次の事実が認められる。

暖房装置用の放熱器やその部品の製作を業とする国産鉄工は、昭和二十三年三月頃から、従来の大量発注元であつた進駐軍からの注文が打切られたため、事業資金に困るようになつた。一方同じ顔振れの幹部で昭和二十四年一月頃から設立準備中であつた福岡県若松市洞海湾の海没炭引揚を業とする新日本海事(昭和二十四年五月設立)の設立についても、資金を作る必要があつた。被告銀行神楽坂支店の出納係であつた柴田と両会社の経理担当重役である三木とは親しい間柄であつたから、同支店には、昭和二十四年一月頃から、国産鉄工株式会社取締役三木晋吉名義の普通預金と同会社名義の当座取引の二つの口座が開設された。ちようどその頃、被告銀行神楽坂支店の支店長田中らも、自己の不正融資(三益商会に対する本店の稟議を経ない融資があつたことは、当事者間に争いがない)の穴埋めをするために資金を入手したいと望んでいた。このような際に有力な資金提供者として登場したのが福田、樋口らであつた。そこで、昭和二十四年三月四日に福田が被告銀行神楽坂支店に持参した五百五十万円は、うち三百万円を国産鉄工が、残る二百五十万円を田中らが利用し、また、同年三月二十三、四日頃福田の場合と同様の条件で樋口から受入れた二千万円は、うち千六百五十万円を国産鉄工(及び新日本海事)が、残る三百五十万円を田中らがそれぞれ利用した。このように認められる。

さらに、甲第七ないし第九号証、同第十一号証、同第二十号証、同第二十四号証、乙第三、四号証、同第六、七号証、同第九、十号証(前出)、乙第五及び第八号証(いずれも真正にできたことについて争いがない)と証人柴田の証言とによると、福田の手から柴田に渡つた金員についてその後次のような事務的手続がとられたことが認められる。

田中、柴田、勝島らは昭和二十四年三月四日、福田から五百五十万円を受取り、元帳に記載しないで本件普通預金通帳を作成交付し、右金額は、口座開設当初から通帳と印鑑とを手許においてあつた国産鉄工株式会社取締役三木晋吉名義の普通預金口座に入金の記帳をした(但し、前示のような資金利用の関係で三百万円と二百五十万円の二口に分けて)。その後における四百七十万円、四百五十万円及び百万円の受入については、いずれも国産鉄工の当座取引の口座に直ちに金額入金の記帳をし、貸出の手続もふまずに会社側に使わせた。また、同年四月一日の五百五十万円、四月三十日の四百七十万円の払出しは、三木から国産鉄工株式会社取締役三木晋吉振出、支払地被告銀行神楽坂支店なる同金額の小切手を受領した上、被告銀行神楽坂支店長田中聰振出の自己宛小切手で福田に支払つており、この分については銀行の貸出金に対する利息にあたる金員は国産鉄工から支払われていない。さらに、田中らは、樋口から受入れた二千万円については、同人に対し同額の無記名定期預金証書を作成交付しながら、ほしいままに国産鉄工株式会社取締役三木晋吉名義の同額の無記名定期預金とし、かつこれを担保に差入れる旨の書類を偽造して、その金員は会社側と田中らとで利用した。このように認められる。

これらの認定を覆すに足りる証拠はない。

(ハ)、昭和二十四年六月三十日被告銀行神楽坂支店における金額三千万円の小切手の授受等について

甲第六ないし第九号証、同第十一、十二号証、同第十六号証、同第二十四号証、同第二十六号証の一(前出)、甲第二十一ないし第二十三号証、同第二十六号証の二、乙第十二号証、同第十四号証(いずれも真正にできたことに争いがない)、乙第十五、十六号証(いずれも証人三木の証言によつて真正にできたと認められる)と証人福田利明、三木晋吉、柴田博、平野新蔵の各証言とを合せ考えると、次の事実が認められる。

樋口から受入れた二千万円については、前示認定のとおり不正な方法で田中、柴田、勝島らが国産鉄工(及び新日本海事)に利用させ、また同人ら自らも利用したのであるが、その樋口の無記名定期預金の満期昭和二十四年六月二十三、四日頃がせまつたのにかかわらず、その返済の見込はつかなかつた。また、福田から受入れた四百五十万円及び百万円についても、同人から解約したいと度々返還請求があつたが、返済の見込は全くつかなかつた。そこで、柴田、三木らは、樋口の分について一応の延期を求める一方、さらに新しい資金を得るため奔走した。そして、福田(当時既に新日本海事の資金面等担当重役となつていた)、新日本海事の会長笠井及び三木ら幹部が相談した結果、従前同様の方法で福田が三千万円を被告銀行神楽坂支店に持参し、会社側がこれを利用することにしようときまつたので、この計画に基き、予め柴田にもその旨連絡した上、福田は、昭和二十四年六月三十日前示三千万円の小切手をもつて三木と共に被告銀行神楽坂支店に赴き、柴田に対し右小切手と本件普通預金通帳及び一カ月間返還を請求しない旨の誓約書を手渡して、五百五十万円の返還を求め、柴田は通帳に三千万円の入金と五百五十万円の払戻しの記帳をして(もとより元帳の記帳はない、)これを福田に、そして小切手をそのまま三木に交付し、福田は、三木の手から新日本海事興業株式会社取締役三木晋吉振出、支払地被告銀行神楽坂支店なる金額五百五十万円(返還金)、百二十万円、百万円及び十万円(ともに約定の裏日歩)の小切手四通を受領した。なお、三木は後刻右三千万円の小切手を株式会社日本興業銀行の国産鉄工の当座取引口座に振込んだ。

このような事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(ニ)、その後の経過

証人三木晋吉、関山延の各証言によると、樋口の金額二千万円の無記名定期預金については、柴田が三木に依頼して昭和二十四年七月初頃三木から直接樋口に該当金額を支払わせ、これに関する回収がついた事実が認められ、証人平野の証言中右認定に反する部分は前示各証拠に照し信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

また、甲第七号証、同第十二号証と証人柴田博、平野新蔵、福田利明、三木晋吉、関山延、笠井円蔵の各証言とを合せ考えると、昭和二十四年七月末頃平野に対し、福田が三千万円の預金返還を求め、また笠井、関山らが国産鉄工又は新日本海事に対する右金額程度の当座貸越を頼み、平野がこれらを拒絶したことから、被告銀行本店で関係事実の審査をすることとなり、その結果、被告銀行は、福田に対しては、本件普通預金通帳は不正に発行されたものであるといつて三千万円の払戻の請求を拒絶し、また、国産鉄工に対しては、貸付債権があるとし、これをもつて、かねて担保の形になつていた金額二千万円の国産鉄工株式会社取締役三木晋吉名義の無記名定期預金債務と相殺する旨の意思表示をした事実が認められる。この認定を覆すに足りる証拠はない。

すなわち、福田が被告銀行神楽坂支店に持つていつた本件三千万円を含む各金員の授受に関しては、(イ)福田は高い利息を得る目的で金員を支出し、実際、その希望どおり、金員を支出した都度当時の銀行利子にくらべれば格段の高率である月五分にあたる金員を、資金を利用した会社側の負担において会社側の人である三木から受取つた、(ロ)福田ははじめから国産鉄工または新日本海事をして自己の資金を利用させる目的であり、事実、これらの金員を、支出した後直ちに会社側に利用させ、そして、そのために支出の都度田中三木らと一カ月間は返還を求めない約束をした、(ハ)福田は、はじめの約束にしたがつて、前もつて会社側と連絡した上で資金の返還を受けているが、特に最後の五百五十万円は、本件三千万円の授受が行われた時、同時に三木から新日本海事工業株式会社取締役三木晋吉振出の小切手で受取つている、(ニ)田中、柴田、勝島らははじめから正規の普通預金の取扱いをしておらず、また受入れの後すぐ、その金を、正規の貸出の手続をふまずに会社側に使わせ、また自分らの不始末に関し当座の穴埋めするために利用した、という事実が存在するのである。

以上すべての事実を考え合せると、本件三千万円については、被告銀行神楽坂支店名義の普通預金通帳用紙に預金としての受入の記載がされているにもかかわらず、福田と同支店との間には預金契約は成立せず、事実は、福田が自己の資金を国産鉄工又は新日本海事に投資して高利を得るにあたり、万一の場合には被告銀行に請求する口実を作ろうとして、三木ら会社関係者及び田中、柴田ら被告銀行神楽坂支店の行員と意を通じて、右神楽坂支店名義の普通預金通帳用紙を利用したにほかならない。と認めざるを得ない。

甲第六号証、同第十六号証(前出)の記載と証人福田の証言中には、福田と被告銀行神楽坂支店の行員との間における右金員の授受はもつぱら預金の預入れまたは払戻しの意図をもつてなされた旨の記載及び供述があるが、これは信用することができないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがつて、福田が被告に対し三千万円の預金債権をもつことを前提とする原告の請求は、理由がないから、棄却すべきである。

第二、原告の第二次の請求(不法行為に因る損害賠償請求)について

(原告の当事者適格については第一において判示したとおりである。)

原告は、予備的に、昭和二十四年六月三十日被告銀行神楽坂支店における前示金額三千万円の小切手の授受をもつて、当時の支店長平野、前支店長田中、行員柴田らの詐欺行為によるものであると主張し、甲第六号証、同第十六号証、同第二十一号証の記載及び証人福田の証言中には右主張にそうような記載及び供述があるが、これらは、第一において判示した諸般の事実の認定の根拠として摘示した各証拠に照してにわかに信用することができず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。かえつて、事実は第一についてのべたとおりである。

したがつて、被告の被用者がその業務を執行するについて福田に対し不法行為をしたことを前提とする原告の請求は、理由がないから、棄却を免れない。

第三、原告の第三次の請求(不法行為に因る損害賠償の請求)について

(原告の当事者適格については第一において判示したところを援用する。)

原告は、さらに、予備的に、昭和二十四年六月三十日平野らが福田と共謀の上川村から前示金額三千万円の小切手を詐取したと主張する。これは昭和二十八年三月六日の準備手続期日になつて新たに追加された請求であるところ、この主張では、従前の請求において不法行為の被害者として被告銀行に対し損害賠償請求権をもつているとされていた福田が、新たに川村に対する不法行為の加害者であるとされ、川村は福田及び被告銀行に対し不法行為に因る損害賠償請求権をもつ者であるとされているのであつて、旧訴と請求の基礎を異にするものであるから、この訴の変更(新訴の提起)は許されない。

以上の次第であるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広 石橋三二 吉田武夫)

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